dameningendx2をフォローしましょう

2010安政遠足侍マラソン 21キロ関門~ゴール2010/05/18 21:00

私を待っていて下さった黒船チーム↓。


随分待ったでしょうねえ。

KCさんの目論見としては,この関門を通過して少し休憩し,関門閉鎖後最初に来たランナーをテレビが取材するという一連の流れを見物してからゴールに向かうと。
ところがそもそもこの関門の制限時刻を10分延長しているのに,今年は更に10分延長ということになったそうだ。
まだ上に27キロで関門があるので,ここの関門閉鎖の儀式を見ていたら間に合わなくなってしまう恐れもある。
ちょっと後ろ髪を引かれるような思いもありましたが,私が一息ついてすぐに出発。
私はもうかなりのダメージを受けてますので,ここで長時間休むとかえって動けなるかもしれない。
行くなら行くで,あまり間を空けずに動き出した方がよい。

しかしいきなり山でしたねえ。
まあ普通に登山道ですね。
走るという雰囲気ではない。少なくとも私の感覚では。
よちよちとよじ登る。
ゴムの石突を付けた薙刀が杖として大活躍。
石がごろごろのガレ場も多いので,片足を上げても2軸が接地しているというのは安心感がある。
大会の翌日,翌々日は,何故か左脚だけ筋肉痛になったのですが,右手で持って突くのが多かったことでダメージのムラがあったのかもしれない。

ま,とにかく結構急な勾配もあり,そういうところでは余裕も何も無いので,写真はありません。
いい加減登ると,今まで走ってきたコースを見下ろせるところに出た。


ここは多くの参加者が写真を撮るところですね。
縦に通っている道が,前の記事で「だらだらとした上り」と書いた坂本宿の道。
左右に伸びているのが上信越自動車道。
下の方のちょっと左に白くて丸い建造物がありますが,これが碓氷浄水場で,21キロの関門地点です。
こう見るともう結構登ってますが,先はまだ長い。

ほとんどが登りで歩くのがやっとですが,少しは平らなところやちょっとした下りがあり,そういうところは走ると気持ちいい。


新緑に囲まれて,気分爽快。
ほんの一瞬ですが(笑)。

もっと下にも実はいらしたのですが,山中にも私設エイドの方がいらっしゃいます。


下にいらしたおばちゃんは毎年大量の水を持ってランナーを応援してくれているらしい。KCさんによると,雨の大会でもいらしたと。頭が下がりますねえ。ゴウリキみたいだ。
こちら↑の男性はお菓子と氷を振舞って下さった。感謝。
口の中が冷えてしゃっきりする。

こちら↓も多くのランナーが撮影する山中の廃車。


ここまで乗ってきて捨てたのですかねえ。よくわからない。

後続を気遣うKC龍馬↓。


私の後ろはLSペリー。


登山初心者がベテラン二人に挟まれ,サポートされているような構図ですわね(笑)。
↓はKCさん提供。感謝。


私が脳を沸かしながら歩を進めているちょうどその頃,随分と先行している三銃士は,山中で「浦安からのスペシャルゲスト」に遭遇していた↓。


こちらが前の記事でちょっと書いた,急な上り坂を爆走していたミニーちゃん。
お連れさんを待っていたのかな。
走りを見たらビビるぜ。
このミニーちゃんは出したかったので,あかきちさんのお写真をまた拝借しました。感謝。
しかしすげーなー。
これで峠をやるんだもんなー。

廃車その2。


なんでここなのか。意味がわからん。

給水ポイント↓。


給水は,山中ではもう少し欲しい感じもありましたが,総じて充分過ぎるほどでした。
21キロまでは携帯する必要無し。
山中に入ってからは,多く飲みたい人は少し携帯しているといいかなという感じか。
私は水の問題はありませんでした。
この日も暑かったですが,もっと暑いようだったら,空のボトルを持って走り,21キロ関門で少し補充させてもらうといいかも。
目の前は浄水場なんだから(笑),大丈夫でしょう。

廃車その3。バス。


うーむ。

もうかなりゴールには近づいている。
気持ちのいい山道↓。KCさん提供。感謝。


この↑写真を加工していて気付いたのですが,道の奥にぽつんと見える人影がどうにも怪しい。
拡大してみたら↓。


峠を越えて営業か!?
勿論この方も大会参加者です。
ネクタイ締めて,うわー。
山の中でこのお姿は妙に目立ちますね。一瞬ぎょっとする。

KC龍馬,国を憂うの図↓。


ここでも奥に我々を抜き去った営業マンが(笑)。

さて,ここからゴールまで写真が1枚も無い。
書き残していることをちょっと書いておきましょう。
この山のコースですが,これは旧中仙道。
皇女和宮様が東海道を避け,江戸に向かったのもこの道であったでしょうか。
今回私の仮装は「弁慶の立往生」と。
何もこのコース,土地に因んだつもりはありませんでしたが,実はちょっとからんでいた。
現物を見ておりませんが,熊野権現の近くに,弁慶が爪で書いたという歌碑があったのだそうです。
源頼朝に追われた義経一行が逃げている途中,この地の「一ツ家(ひとつや)」というところに少し滞在したのだそうです。
そこで追われる身の心情を弁慶が歌ったとされている。
「八万三千八三六九三三四七一八二四五十三二四六百四億四六」
最後の「六」は「百」の誤りではないかとのことですが,
「山道は 寒く寂しな 一ツ家に 夜毎身に凍む 百夜置く霜」
と。
まるっきり関係無い仮装ではなかったのですね。後からわかったことですが。
歌碑は今でもあるのですが,「あった」と書いたのは,浅間山の大噴火とその後の土石流でオリジナルは消失しているのだそうです。
今あるのは明治の終わりに復元したものらしい。
詳しいことはいいのですが,そんな発見もあり,感慨深いものがありました。
石に爪で書いたとなれば,フリッツ・フォン・エリックもびっくりですが。
実際に爪で彫ったのかとか,この地に滞在したのかということはあまり重要でない。
いまだにこの地に伝承として残っているということが尊い。

レースに戻って,ゴール間近。
最後はきっちり走りましょうということに。
ただ,黒船チームと弁慶が一緒にゴールするとごちゃごちゃするかなと。
黒船は黒船でフィニッシュを決めた方が美しいのではないかと思い,先に行ってもらい,私は少し衣装を整える。

いやー,しかしキツいレースでありました。
私レベルが出る大会ではないことを痛感しましたが,なんとか完走できるのは黒船のお二人のおかげであります。改めて御礼申し上げます。

黒船がゴールし,ゴールを告げる太鼓がドンドンと鳴る。
少し後に私もゴール。ドンドン。
安政二年の遠足では,ゴールした藩士に,力餅(次の記事に出てきます),キュウリもみ,お神酒などを供したそうで,その故事に倣い,ゴール地点には味噌をまぶしたキュウリが置いてある。旨い。
とにかくなんでもいいからすぐにビールを飲みたい。
渇望というヤツですな。
ところが先にゴールしたKCさんが,なにやら張り紙を確認したようで,黒船は仮装賞を獲得したようだ。
更に「くりきさん,仮装賞に入ってるよ。しかも俺たちより上の賞だ」と。
「イェーイ♪」と言ってはみたものの,その時はあまり意味がよくわかってなかった。
喜びの表現ではなく,脊髄の反射みたいなものだ。
KCさんが大会スタッフに表彰式はどうなっているのか聞くと,始まるところだと言う。
お二人は表彰式に向かうようだが,どこでやるの?
え゛!この石段登るの!?
あひ~。
俺のビールは……。

コメント

※コメントの受付件数を超えているため、この記事にコメントすることができません。

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://dameblo.asablo.jp/blog/2010/05/18/5095040/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。